東京フィルのコンサートで買った
アムランのCDのうちまず一枚をきくが、これまたすごい演奏だ。
ピアノ一台への編曲ものなので、オケで始まる冒頭がピアノではじまり、
オケとピアノが一体となる箇所もうまい具合にピアノ一台でならしている。
途中あれ?と感じる部分もあるが全体としてはアムランの達者な腕もあり、
うまく編曲してあると感じる。
とはいえ、ピアノ一台だと色彩的には物足りないところはあるな。
とか感じてしまうのは仕方あるまい。
しかし、カデンツアが始まると、運命のフレーズがでてきて、
鍵盤の上をいったい指がどう舞っているのか想像つかない
いつものアルカン節になってくる。
あいかわらずこの盛り上がりというか急速な展開に
すごいなと感じているまに終了。
ライブらしく拍手もはいっている。
これをライブできいたらまた別の感動があっただろう。
そのあと、ショパンのピアノ協奏曲第一番の2楽章のバラキレフ編曲もの。
そもそもピアノだけでもいける曲なので、
さきのベートーベンほどのインパクトはない。
あとはアルカン、メトネルの超絶技巧ものが続く。
どれも、楽曲としては繰り返し聞きたいというほどでもないが、
抜群の技巧のさえが十分伝わる選曲になっている。
というより、奏者があえて普段日のあたらない難曲を選んで
レコーディングしているのだろう。
こういうのを楽しむのは、フィギュアスケートで難易度の高い何回転なんとかとかいうものをみるのと近い感情で、いわゆる音楽の楽しみ方とは
違う感じもするが、ここまでされると素直に拍手喝采をしないわけには
いかない。
アムランのCDのうちまず一枚をきくが、これまたすごい演奏だ。
ピアノ一台への編曲ものなので、オケで始まる冒頭がピアノではじまり、
オケとピアノが一体となる箇所もうまい具合にピアノ一台でならしている。
途中あれ?と感じる部分もあるが全体としてはアムランの達者な腕もあり、
うまく編曲してあると感じる。
とはいえ、ピアノ一台だと色彩的には物足りないところはあるな。
とか感じてしまうのは仕方あるまい。
しかし、カデンツアが始まると、運命のフレーズがでてきて、
鍵盤の上をいったい指がどう舞っているのか想像つかない
いつものアルカン節になってくる。
あいかわらずこの盛り上がりというか急速な展開に
すごいなと感じているまに終了。
ライブらしく拍手もはいっている。
これをライブできいたらまた別の感動があっただろう。
そのあと、ショパンのピアノ協奏曲第一番の2楽章のバラキレフ編曲もの。
そもそもピアノだけでもいける曲なので、
さきのベートーベンほどのインパクトはない。
あとはアルカン、メトネルの超絶技巧ものが続く。
どれも、楽曲としては繰り返し聞きたいというほどでもないが、
抜群の技巧のさえが十分伝わる選曲になっている。
というより、奏者があえて普段日のあたらない難曲を選んで
レコーディングしているのだろう。
こういうのを楽しむのは、フィギュアスケートで難易度の高い何回転なんとかとかいうものをみるのと近い感情で、いわゆる音楽の楽しみ方とは
違う感じもするが、ここまでされると素直に拍手喝采をしないわけには
いかない。
このBLOGもまったく更新できていない。
とくに書くほどのこともないということもあるが、
まめに更新できる性格ではないらしい。
とはいえ、東京フィルの定期会員でもあり、
いまのところ休みなく通えている。
そろそろ後半戦ということもあってか
9月は、全体のなかでもひときわポピュラーな大曲二曲を配置してきている。
ソリストにアムランをむかえてのブラームスのピアノ協奏曲第二番と
ベートーベンの英雄である。ここまで超有名曲を一夜に二曲ぶつけてくるというのは気合がはいっている。
会社を定時ごろででて、サントリーホールに向う。サントリーホール前はファーストフードっぽいのばかりで
たまには違うものを食べたかったので、
アークヒルズの3Fの薄暗いところにあるラーメン屋に初めてはいる。塩らーめん800円なり。
800円するほどの味でもなかったが、値段的にはスタバでコーヒーとケーキ食べるのとあまりかわらない。
普段なら、ホール入り口でどっさりとちらしをくれるが今回は配っていなかった。
環境にやさしくするためになくしたのかもしれない。
確かにほとんどごみになるのだが、もらえないとなるとちょっとつまらない。
「次はなににいこうかな」とか休憩時間にぱらぱらみることもできないわけだ。
そして、いつもの2F中央席にて開始をまつ。
このなにかがはじまる瞬間を待っているというのも生のコンサートの楽しみだ。
ばらばらとオケのメンバが集まり、しばらくしてソリストと指揮者を拍手でむかえる。
ソリストのアムランは数年前にリサイタルを聞いたことがあるが指揮者のエッティンガーはたぶん初めてだ。
ブラームスの2番のピアノ協奏曲はブラームス全作品のなかでも珍しく明るい曲であり、
なんど聞いても飽きない名曲でもあるが、折角のピアノの超絶技巧が目立たない曲である。
さて、第一楽章、ホルンからスタート。
あいかわらずここのオケのホルンは音程が安定していない。
なんとかピアノにつないだが、非常にこのあとが心配させられるスタートだった。
これが杞憂に終わらず、なんとかもったのは頭の部分だけで、
その後のホルンのでるところはことごとく
ミスっていた。ここまでミスをするなんて、聞いていて非常に不愉快になってくる。
まわりやピアニストはいったいどう感じているのかとか音楽ではないことが気になってくる。
それはそれとして、ピアノがあまりにうまいので、ひっかからないことや、オケもあまりにあっさりすすむので、第一楽章は非常に軽い音楽になってしまっている。
明るい音楽とはいえ、ここまで軽くするとブラームスとしてはどうなんだろうか。
そういえば以前別のオケでブラームスのダブルコンチェクトをきいたが
それも随分軽い音楽になっていたのを思い出した。時代的に重い演奏ははやらないのかもしれない。
そして第二楽章。ここはプロコの2番にもあるのと同様のデモーニッシュなスケルツオだと思っているのだが、
これもまたとくに第一楽章と同様あっさり感がある。
オケに厚みがないから余計でそう感じる。ピアノもちょっと軽いのだ。
さて第3楽章はこんどはチェロとピアノのかけあいである。
チェロはホルンに比べればましだが、もう少し感情をこめてひいて欲しいところだが、まあまあよかった。
そして第4楽章。ちょっとはやめのテンポだが、ピアノはまったく破綻せずらくらくとひいていく。
これはピアノとオケの軽さが長所になって曲にあっていたように感じた。
聞いているときには、不満もあったが、全体を通して50分程度の曲が、思いのほか退屈せずに最後まで楽しめたは
意外であった。ショパンやチャイコのコンチェルトだって退屈するときには退屈しますから。
この曲、協奏曲といっても交響曲に近いからピアノだけうまくてもオーケストラがうまくないと物足りない演奏になることが実感できた時間だった。
アンコールに答えてアムランがドビュッシーのプレリュードから一曲ひく。
この数分ほどの曲でも想像力の翼をひろげられるよい演奏だった。
こういうときは、やはり、技巧の上に成り立つものがあることを再認識できる。
さて、後半はベートーベンの英雄である。
これも直球勝負の曲できた。最初の和音から、ベートーベンだなあという感じだ。
オケをみると向って左にコントラバスが集まっていて全体として左に寄った構成にしている。
これはこういうものか特殊な効果を狙っているのか私にはわからないが。
さて、ベートーベンの交響曲なんてほんとに久々に聞いたのだが、非常に新鮮な気持ちがした。
昔は耳にタコができるほど聞きなれたはずのこの曲だが、
久々にきいてもやはりいい曲だった。最近モーツアルトにおされ気味だが、ベート-ベンでしか味わえないものがやはりある。
多少無骨なメロディーが繰り返されながら、いつのまにか彼の音楽にはいっていく。
そして、第二楽章。これはこの曲の白眉だと思うけれど、葬送行進曲が一旦おわり中間部になると演奏している人がきえて、音楽が天井から降ってくる不思議な瞬間がくる。
第3楽章がすぎ、第4楽章のフーガも熱のこもった演奏だった。
ここはバッカスの宴で、指揮者がとびはねていて後ろから見ていてちょっと笑えた。
帰り道に、指揮者のことをグラスホッパーだとかいってた女性がいたがわからないでもない。
終演後に、ロビーでアムランのCDを2枚ほどかって帰宅。うちについたのは23:00なり。
とくに書くほどのこともないということもあるが、
まめに更新できる性格ではないらしい。
とはいえ、東京フィルの定期会員でもあり、
いまのところ休みなく通えている。
そろそろ後半戦ということもあってか
9月は、全体のなかでもひときわポピュラーな大曲二曲を配置してきている。
ソリストにアムランをむかえてのブラームスのピアノ協奏曲第二番と
ベートーベンの英雄である。ここまで超有名曲を一夜に二曲ぶつけてくるというのは気合がはいっている。
会社を定時ごろででて、サントリーホールに向う。サントリーホール前はファーストフードっぽいのばかりで
たまには違うものを食べたかったので、
アークヒルズの3Fの薄暗いところにあるラーメン屋に初めてはいる。塩らーめん800円なり。
800円するほどの味でもなかったが、値段的にはスタバでコーヒーとケーキ食べるのとあまりかわらない。
普段なら、ホール入り口でどっさりとちらしをくれるが今回は配っていなかった。
環境にやさしくするためになくしたのかもしれない。
確かにほとんどごみになるのだが、もらえないとなるとちょっとつまらない。
「次はなににいこうかな」とか休憩時間にぱらぱらみることもできないわけだ。
そして、いつもの2F中央席にて開始をまつ。
このなにかがはじまる瞬間を待っているというのも生のコンサートの楽しみだ。
ばらばらとオケのメンバが集まり、しばらくしてソリストと指揮者を拍手でむかえる。
ソリストのアムランは数年前にリサイタルを聞いたことがあるが指揮者のエッティンガーはたぶん初めてだ。
ブラームスの2番のピアノ協奏曲はブラームス全作品のなかでも珍しく明るい曲であり、
なんど聞いても飽きない名曲でもあるが、折角のピアノの超絶技巧が目立たない曲である。
さて、第一楽章、ホルンからスタート。
あいかわらずここのオケのホルンは音程が安定していない。
なんとかピアノにつないだが、非常にこのあとが心配させられるスタートだった。
これが杞憂に終わらず、なんとかもったのは頭の部分だけで、
その後のホルンのでるところはことごとく
ミスっていた。ここまでミスをするなんて、聞いていて非常に不愉快になってくる。
まわりやピアニストはいったいどう感じているのかとか音楽ではないことが気になってくる。
それはそれとして、ピアノがあまりにうまいので、ひっかからないことや、オケもあまりにあっさりすすむので、第一楽章は非常に軽い音楽になってしまっている。
明るい音楽とはいえ、ここまで軽くするとブラームスとしてはどうなんだろうか。
そういえば以前別のオケでブラームスのダブルコンチェクトをきいたが
それも随分軽い音楽になっていたのを思い出した。時代的に重い演奏ははやらないのかもしれない。
そして第二楽章。ここはプロコの2番にもあるのと同様のデモーニッシュなスケルツオだと思っているのだが、
これもまたとくに第一楽章と同様あっさり感がある。
オケに厚みがないから余計でそう感じる。ピアノもちょっと軽いのだ。
さて第3楽章はこんどはチェロとピアノのかけあいである。
チェロはホルンに比べればましだが、もう少し感情をこめてひいて欲しいところだが、まあまあよかった。
そして第4楽章。ちょっとはやめのテンポだが、ピアノはまったく破綻せずらくらくとひいていく。
これはピアノとオケの軽さが長所になって曲にあっていたように感じた。
聞いているときには、不満もあったが、全体を通して50分程度の曲が、思いのほか退屈せずに最後まで楽しめたは
意外であった。ショパンやチャイコのコンチェルトだって退屈するときには退屈しますから。
この曲、協奏曲といっても交響曲に近いからピアノだけうまくてもオーケストラがうまくないと物足りない演奏になることが実感できた時間だった。
アンコールに答えてアムランがドビュッシーのプレリュードから一曲ひく。
この数分ほどの曲でも想像力の翼をひろげられるよい演奏だった。
こういうときは、やはり、技巧の上に成り立つものがあることを再認識できる。
さて、後半はベートーベンの英雄である。
これも直球勝負の曲できた。最初の和音から、ベートーベンだなあという感じだ。
オケをみると向って左にコントラバスが集まっていて全体として左に寄った構成にしている。
これはこういうものか特殊な効果を狙っているのか私にはわからないが。
さて、ベートーベンの交響曲なんてほんとに久々に聞いたのだが、非常に新鮮な気持ちがした。
昔は耳にタコができるほど聞きなれたはずのこの曲だが、
久々にきいてもやはりいい曲だった。最近モーツアルトにおされ気味だが、ベート-ベンでしか味わえないものがやはりある。
多少無骨なメロディーが繰り返されながら、いつのまにか彼の音楽にはいっていく。
そして、第二楽章。これはこの曲の白眉だと思うけれど、葬送行進曲が一旦おわり中間部になると演奏している人がきえて、音楽が天井から降ってくる不思議な瞬間がくる。
第3楽章がすぎ、第4楽章のフーガも熱のこもった演奏だった。
ここはバッカスの宴で、指揮者がとびはねていて後ろから見ていてちょっと笑えた。
帰り道に、指揮者のことをグラスホッパーだとかいってた女性がいたがわからないでもない。
終演後に、ロビーでアムランのCDを2枚ほどかって帰宅。うちについたのは23:00なり。

